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サパティスタの村へ行って来ます。   

2009年 03月 25日

今、メキシコ南部のサンクリストバル(以下、サンクリと呼びます)
というところにいる。
ここにはサパティスタという民族解放運動がある。

民族解放運動?
サパティスタ?
難しいそうだし、大変そうだな。
最初はそう感じる人もいるでしょう。
私がそうだったから…。

実際に、この社会運動はメキシコの暗い政治的歴史があるからそ起こったのだ。
だけど、サンクリに来てみて少々イメージが変わった。
サパティスタグッツ、これが結構かわいいんですね。
だから、海外・特にヨーロッパなどでは人気商品なのだそう。
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左から。私、ナオキくん、カサカサの管理人レイコさん、同じく管理人スグルくん。
これが人気のサパティスタグッツです。

また、サンクリにはサパティスタ見学することが目的で
海外から足を運ぶ人が多くいる。
現在では、サパティスタ人気は多少下火になってきているものの、
やはりメキシコ内では人気のスポットなのです。

それでは、サパティスタとは何か?
何故、人気なのか?
知らない人のために簡単に説明しておこう。


以下引用****************************************************

1994年1月1日、北米自由貿易協定(NAFTA)がメキシコ、
カナダ、米国の間で始まった。
この協定によって3国間の間で貿易関税がなくなり、貿易が自由化された。
その結果、メキシコ国内に米国から大量に安い農作物が入り込んできた。
米国に太刀打ちできないメキシコ内の貧農たちは大打撃を受けた。
貧農たちは失業し、農地を追われた。
彼・彼女らは、都市部のスラムに移るか、米国へ出稼ぎのため密入国した。
また米国やカナダの企業は安い労働力と土地を求めてメキシコに移ってきた。
米国やカナダの工場がメキシコへ大量に移転した。
これらの工場はメキシコのある地区の公害を一年で2倍に膨れ上がらせた。
また米国、カナダ、メキシコの白人・金持ちたちの一部は先住民の土地に眠る
石油やウランを掘るために、ギャングを雇って先住民の強制排除計画を立てていた。

メキシコの先住民や貧乏人たちをさらに窮地に追い込むNAFTAが発行された日、
サパティスタ民族解放軍・チアパス州の先住民たちは自分たちの生活を守るために
武装蜂起した。

*********************************************************


そして、サパティスタが世界から注目されることになった大きな理由が、
自由ラジオやインターネットの活用である。
世界中に向けて、マスコミを介さずに、自分たちの直の声を届けたこと。
それから、その中で政治的な難しい言葉を使わず、
自分たちのわかりやすい言葉で世界に語り始めたこと。

そんな活動が徐々に注目を集め、
支援者が増え、メキシコ政府がサパティスタの話を聞かざるを得なくなった。
その結果98年に武装解除(公式発表ではないけど)し、
現在では基本的には話し合いでの交渉に切り替えて活動しています。


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そんなサパティスタに興味を持ち、ボランティアをすることに
したのだが、その前に少しサパティスタのお勉強をするために、
現在サンクリの日本人宿カサカサに泊まっている。

この宿は、今は亡き笠置さんというオーナーさんが、
サパティスタ支援を行っていた宿で、
サパティスタ関連の書物がたくさんある。
そんな難しい文献を読みながら、10日程過ごしていた。
がしかし、そんな難しい文献ばかり読み続けられるハズもなく、
脱線して手塚治虫の『火の鳥』を読み始めてしまい、
かなり手塚治虫にも魅了された10日間なのだった。


ところで、
昨日、Fraybaというサパティスタ支援団体の面接へ行き、
無事団体へ入れてもらえることになった。

私と連れのナオキくんは、
スペイン語が他のボランティアの人より
出来ないため、何でもかんでも周りに聞きまくった。
「じゃあ、1行目読んで。」
「それはどういう意味?」
など質問を投げかけられては、
笑顔で横の人に丸投げしてしまったりして、
何とか(!?)その場をしのいだ(しのげてないかな?)。
語学力不足で断られるかもとドキドキしたが、
とりあえずは無事入れてもらえることになり、
明日から村へ入ります。

一旦、村に入ると15日間は戻って来れないため、
しばらくブログ更新はできません。
ま、とにかく初めての経験にドキドキです。
それでは楽しんできます!

English Version

I'll write in Englsh one day!!
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by noetabi | 2009-03-25 05:56 | メキシコ

日本人バックパッカー達の生活   

2009年 03月 07日

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2週間程、サンペドロというグァテマラの小さな村へ行っていた。
ここも、小さな村だというのに、日本人がたくさん集まっていた。

旅前半戦は、あまり日本人長期旅行者とは縁がなかったのだけれど、
関わってみると、海外に出る日本人旅行者コミュニティは
中々に興味深いコミュニティであります。

というのは、このコミュニティに一度出入りしてみると、
良くも悪くも、結構狭い世界。
簡単に説明すると、世界各国には日本人宿と呼ばれる
日本人バックパッカー向けの宿がある。
どのようにして、その宿が知られるかと言うと、
インターネットでの情報交換、
それから現地旅人の行き来によって情報交換がされている。
日本人宿を渡り歩くうちに日本人の友達が増え、
友達の友達がまた友達という風になる。
そんな風に旅をしていると、同じ人に何度も会うようである。


そして、こんな会話が交わされる。
「久し振りー!元気だった??」
「○○さんは、今どうしてるの?」
「メキシコにいるらしいよ。」
「彼女はその後、またグァテマラに戻るらしいよ。」

なんて…、かつて会社で私が行っていたような会話がされるのだ。

「○○さんって、今回の人事異動で東京らしいですね。」
「その後任が昔、大阪にいたAさんが行くみたいだよ。」





なんか…、似てない??


これ、結構面白いなあと思うんです。

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海外へ行ったことのある誰もがそう思うと思うのだけれど…、

 チャイナタウンってどこでもあるよな。
 チャイナタウンでかっ!
 中国人のコミュニティ力はスゴイ。

 …それに比べて、日本人コミュニティって小さい。


中国は、世界一人口が多い国だし、
中国国内は少数民族もすごく多いので、
中国人と一括りに言いにくいけれど。
それでも、世界各国に中国人だけで街を作ってしまう。
彼らの、あの団結力というかコミュニティ力はスゴイと思う。

韓国人コミュニティもしかり。
チャイナタウンまではいかないけれど、
割と大きい街が世界各国に存在する。

それに比べて、ジャパニーズタウン的なものは少ない。
大きい街には日本人が集まるエリアは存在する。
LAにはリトルトーキョーっていうのがあるらしいし、
NYにはイーストビレッジっていう日本人街がある。

でも、あれだけ海外在住の日本人が多いのに、
チャイナタウンとは全然規模が違うんよなあ…。


ところが、今回の旅での発見!
「バックパッカーの日本人コミュニティ強し!」
ってこと。

なんでかなあ?と少し考えてみた。



まず、大都市でのコミュニティ力が薄いのは、
経済的に日本人が裕福だからだろう。
チャイナタウンにいる中国人は、仕事で行ってる人が多い。
だから、必然的に助け合わなくては生きていけないし、
そもそも、そこで助けてくれる同民族がいるから、
たとえ不法であっても出稼ぎで遠い海外に行く。

日本人は、
「語学を伸ばしたい。」
「大学へ行きたい。」
「芸術がしたい。」
など夢を求めて海外へ出る人が多いので、
経済的には切羽詰まっておらず、ある程度の助けで大丈夫。
というわけで、大都市滞在者の
日本人コミュニティが弱くなるのも必然かもしれない。


その一方で、バックパッカーの日本人は助け合いが必要。
何故ならば…。
日本人は英語に苦手意識を持ってる人が多い、
(これは日本が島国ってこともあるし、日本の英語教育に
 かなりの問題があると思うけど。)
日本人旅行者は海外で、ぼったくられたり、騙されるたり
地区によっては治安が悪いこと。


他国のバックパッカーと比較すると。
まず、アジア諸国内では日本人バックパッカーの数がダントツで多い
(経済が豊かだからだと思う)。
また、アメリカ人宿とか、オランダ人宿とかあると思うけど、
一国でまとまっている宿少ないと思う。
どちらかというと、欧米人宿といった形で
英語圏でまとめられている気がする…。


やはり、日本も仏教に影響を受けた地域。
集団意識、助け合いの意識が強いのでは。
只、近年は経済的に裕福になっているので、
結束力を発揮する場所が少なくなっているけれど、
やはり必要が出てくれば、
コミュニティ力が強くなるんだなあなんて、
関心を持ちました。


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ちなみに…、日本人宿とはこういう感じです。
・まず、安い(ドミトリーと呼ばれる数人でシェアする部屋は物価の安い地区だと、
一泊70円から500円ぐらいですむ)。
・旅の情報量が多い。
(情報ノートというものが各宿に存在しており、
 各国情報や国境越え情報など、
 以前に 現地へ行った旅人が直接書き込み、
 誰でもそのノートを見ることができるというしくみ。)
・ごはんは自炊できる、もしくはシェアで皆で作る場合も多いので、安価。
・基本的には、ほぼ全員日本人なので宿内での会話は日本語。
・寮生活のようで、皆が顔見知りになるため、荷物の保管等も多の宿よりは安心。
・日本のマンガ・小説・DVD等があり、
 長旅に疲れた旅人がしばし長期滞在場所とすることが多い
(これを旅人用語で「沈没」という、ちなみに、「沈没」はどちらかと言うと
 ネガティブな意味合いが強い気がする)。

海外で言葉もわからず、
日本人はぼったくりにも遭いやすいので、
すごく助けてくれるコミュニティではないでしょうか。


そんな、日本人コミュニティで出会った日本人の旅人達。
日本では中々出会いにくい、変わった(!?)人たちが多くて面白い…。
そんなわけで、サンペドロも変わった日本人だらけで楽しかったです。


それから、サンペドロの宿で、とても素晴らしい音楽を
聞かせてくれる日本人に会いました。
少し変わった経歴を持つ人だけれど、
彼のパーソナリティと音楽に感動でした。
現地にて色んな楽器を手に入れ、
その場で練習して数時間で自分の音にしてしまうんです。

サンペドロでは太鼓と手作りのカリンバという楽器を中心に聞かせてもらいました。
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  ↑↑↑ これがカリンバです。

日本でも必ず、聞きに行きます!!

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2度目の食当たり…

シェラに戻って、2日目。
インドに続き、2度目の食当たりに遭いました。
原因は恐らく、マンゴーのかき氷…。
夜中に胃に激痛が走り、うなされること3時間。
その後、嘔吐…。その他、諸々。
大変やったけど、インド程はひどくなくて、
2日でほぼ完治しました。

というわけで、メキシコ入り遅れてますー。
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by noetabi | 2009-03-07 07:53 | グァテマラ