カテゴリ:モロッコ( 3 )   

モロッコでホームスティ   

2008年 10月 19日

モロッコに来て、砂漠ツアーの前後で6日間、
現地家族のお宅にホームスティをさせてもらった。

森分さんは、旦那さんが日本人、奥さんがベルベル人で、
奥さんの姉妹3人も一緒に生活しているため、
大家族であるのだが、お家に行ってみたら森分さんは仕事で不在。
ほぼアラビア語しか話せない大家族とのジェスチャー生活が始まった。
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ご家族の皆さんと。

森分家の不思議
何故かわからないけれど、姉妹が一緒に住んでおり、
外で働いているのは、恐らく旦那さん一人。
ヨルダンでは、女性の社会保障のため
一夫多妻(妻が3人まで)が認められていたけれど、
旦那が結婚していない嫁の妹さんの面倒までみないといけないのだろうか??

よくわからないけれど、
皆さん親切で美味しいごはんも頂けたので、
まあいいんやけど…。
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夜は奥さんの妹さんと娘のアイシャちゃんが歌って踊って。

一つのおにぎり
最も日本人やなあと思う瞬間。
それは、体調を崩したときに、
やはり日本食に近い味しか受け付けないこと。

今回、砂漠で星空を見ながら、外で寝てしまったため、
ワルザザートの森分家にて熱を出してしまった。

そうなったら、もう香辛料の強いモロッコ料理を食べたら、
お腹は下すし、ダブルパンチで身体がしんどくなってしまった。

でも、このお家では、モロッコ料理がほとんどなため、
困り果てていたところ、ワ
ルザへ戻って2日目に来た日本人のお姉さんが、
なんと梅おにぎりをくれた。
大袈裟かもしれないけれど、

あの時は、あの人が本当に命の恩人に思えた。
3ヶ月ぶりに食べた日本の味を味わった瞬間、
久し振りに日本が恋しくなった。
「あー、味噌汁も飲みたい。」

この気持ちをいつも埋められないため、
せめてということで、いつも甘いお菓子で
自分を慰めています。
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私を慰めてくれる美味しいモロッカンスイーツ。名付けて『夢の小箱』です。

モロッコ
モロッコ生活も、終盤。

どこの国もそうだけれど、
この国も本当にいろんな顔を持っている。

サハラ砂漠の美しさ。
優しい人々。
イスラム教国家独特の淀んだ空気。
貧しさからくる治安の悪さ。

旅をすると、そのときに出会った人や起こった出来事、
食べ物などちょっとしたことで、
その国の印象を決めてしまう。

そのとき、たまたま起こったことで好きになる国もあるし、
嫌いになってしまう国もある。

それは、その国のたった一部でしかないことは、
頭ではわかっていても、
楽しくない思いをした国には一生行きたくないと思ってしまうし、
感動したことがあった場所には、しばらく住んでもいいと思ってしまったりする。

それでも、やっぱり私は日本がええなあと最近はよく思います。
白米が食べたい…。
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と思っていたら、ホームスティ最終日に魚のフライと白米が出て、感激しました。
森分家の皆様、ありがとうございました。
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by noetabi | 2008-10-19 03:23 | モロッコ

こんな恰好で3日間生活しました。   

2008年 10月 13日


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モロッコ最果ての砂漠を求めて
ワルザザートにて、
「観光客向けではないけれど、
モロッコで最も大きくて美しい砂漠は、シカガだ。」

この言葉を聞いて…、
基本的にアウトローなことをしたがる私たちの、
モロッコ最終目的地はシカガになった。

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私たちは、ワルザザートからバスでマアミドまで向かった。
マアミドはアルジェリアまで45kmのところにある、
モロッコ最果ての地と呼ばれているところだ。

ここには、日本人はもちろん、ツアー客もほとんどいない。
シカガという砂漠は、非常にマイナールートなため、
ツアー自体が少なく、どうしても割高になってしまうらしい。

それでも、私たちはどうしてもシカガへ行きたかった。
だから、どんなに安いツアーがあっても、
見向きもせず、
自力でマアミドまで行って、
周りが地元の人ばかりで不安になりながらも
シカガを最終目的地だと思って突き進んだ。

ネザ
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そして、私たちの
「シカガへ行きたい。」
という夢を叶えてくれたのがこちらの女性。
名前はネザ。
彼女は、フランス出身のフランス人とモロッコ人のハーフ。
バツイチ27歳、子供二人を持つ、
めちゃめちゃ気合いの入ったツアーコンダクター。

彼女とは、マアミド行きの長距離バスで出会った。
とりあえず、クレイジーな程の砂漠好き。
色々な国を旅している中で、
シカガに惚れ込んで、
移り住んでしまったらしい。

彼女のシカガに関する力説を聞いて、
値段は少々高かったけれど、
このエージェントでの砂漠ツアーに決めた。

結果的に、このエージェントで正解だったと思う。
彼女は、驚くほどのプロ根性で、
トラブルがあっても、
多少のわがままを言っても、
コース変更までしてくれて私たち二人をシカガまで連れて行ってくれた。
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途中の村まではラクダで向かいました。
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夜は、モロッコ少数民族の本格的なコンサート。

そしてついにサハラ砂漠へ
そして最終日の朝には、
裸足で標高300mのシカガの最終地点に向かった。
砂山を登り切り、アルジェリアとモロッコの砂漠を見渡したときには、
その広大さと美しさに感無量…。
「ほんま…、ここまで来て良かった(涙)…。」
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こんなところにも木が育っています。
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山頂からの景観
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しかしまあ、自分でもよくもここまで、
ストイックにシカガを求めて来たなと思う。

でも、本当にシカガを求めて来て正解だったと思う。
この景色は、言葉では語りつくせないほどの感動を与えてくれ、
お金では買えない楽しさや喜びを貰った。


恐ろしいほどの順応性
砂漠ツアーは素晴らしかったけれど、
はっきり言って、むちゃくちゃ過酷だった。
もしかして、死ぬかも…。と思ったのが1回。
インドの辛さを超えたのが1回。

しかし、私はこの数日を経て、
人間とは恐ろしいほどの順応性が備わっているのだということを知った。

モロッコに入った当初は、
「お家に帰りたい。」
と言っていたBちゃんでも、
インドで食当たりに遭い、
当時ホームシックになっていた私でも…、

広大な自然の中で、
大地がトイレとなり、
電気もお風呂もなくなり、
文明の力がなくなると…、

カスカスのパンに甘みを感じ、
砂嵐の中で、砂まみれになっても熟睡し、
酔っ払いが暴れても取り乱さず、
アミューズメントがなくても布一枚を頭に巻いて爆笑することができるようになる。

私は、ずっと自分は弱い人間だと思っていた。
他人の過酷な体験を聞いて、
「自分には無理やな。」
といつも思っていた。

でも、自分が過酷な環境に放り込まれ、
選択肢がなくなると、
意外にも順応出来てしまうことを知った。
その人間のすさまじいまでの潜在能力に気付かせてくれた
サハラ砂漠に感謝の意を述べたい。
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by noetabi | 2008-10-13 01:34 | モロッコ

凹む日本人   

2008年 10月 07日

モロッコ入国
スペイン、アルメリアより地中海を渡り、モロッコのナドールへ。
通常、モロッコへ行くには、多くの旅人はアルヘシラスからジブラルタル海峡を渡ってタンジェという街に入ります。
しかし、今回の旅のパートナーのBちゃんの友人に会うため、私たちはアルメリアに行ったので、このような非常にマイナールートにてモロッコに入りました。
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というわけで…。
周りは地元民ばかり。日本人どころかスペイン人も一切おらず、周りはモロッコ人ばかり。
しかも、何故か皆さん大荷物を抱えてフェリーに乗って行く。
これは、闇の輸入ルートなのか?何なのか?
ナドールに到着するなり、日本人はもちろん、欧米人も東洋人もおらず、
私たちはかなり目立ってしまい、多くの視線を感じながら、
マラケシュ行きの夜行バスの乗り場へ向かう。

そこから、夜行バスにて約15時間。
マラケシュに到着。

マラケシュの印象
マラケシュを分かりやすく言うと…、
マラケシュ=インド-うんこの臭い といった感じでしょうか。
いや、もちろん私は通りすがり旅人なので、全くモロッコについて理解してない中で、
私の主観的なイメージで捉えています。

でも、インドと大きく違うのはフナ広場という場所。
毎晩毎晩、お祭り騒ぎ。
屋台がたくさん出て、ベルベル人がベリーダンスを踊り、蛇使いが笛を吹いています。
「おぉ~、モロッコに来たぞぉ」と感激…。
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サハラ砂漠へ向けて
しかしながら…。
私はやっぱり田舎者。
やはり、インドのときも思ったけれど、途上国の都会が一番苦手です。
あの人の多さと雑踏。埃と客引きは面白いとは思うものの、長期滞在は出来ません。
というわけで、早々とワルザザートという田舎町に移動。
マラケシュよりアトラス山脈を越えたらそこはもうサハラ砂漠が目と鼻の先。
一気に気候も変わり、砂漠地帯に突入。

アトラス越えはまさに映画『バベル』の世界。
バスの窓際に座っていると、銃で撃たれないかと少し心配になります。
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さて、今日からワルザザートの森分さんという日本人の建築家のお宅にホームスティします。奥さんはモロッコ人で、モロッコの現地の生活に触れることができるとのことで、来ました。
ここにしばらく滞在し、最終目的地のサハラ砂漠へ向かいます。


凹む日本人
今回の旅のパートナーのBちゃんが凹んだ。
理由は、本人の体調不良に重なり長時間の移動による疲れから始まった。
そして、初めて経験する途上国の都市の空気の悪さ、
しつこい客引き、
トイレ事情の悪さと不衛生な街並み、etc…

彼女はサハラ砂漠を目の前にしてこう言った。
「砂漠行かずに、お家に帰る。」
「有り得へん…。」
と思いつつも、私は凹む彼女を見守りつつ、体調の回復を待った。


また、昨日ホームスティ先の森分さん宅に、もう一人の日本人女性がやってきた。
彼女は2週間ほど一人でモロッコへ来ているらしい。
彼女は私たちに会うなり不安を語り始める。
そして、最終的にはこう言った。
「ラクダに乗りたいというのと、モロッコの雑貨が欲しいと思って来たけれど…、
どうでもよくなってきた。」
彼女もまた、途上国が初めてらしい。
カサブランカのスラム街にてホテル探しをしているところから、
ストレスがたまり始め、食事にも辛さを感じて、そのような精神状態になったらしい。


ワルザザートに移動して、森分さん宅のホームスティが始まると、
Bちゃんの体調も少しずつ回復し、それと共に精神的にも元気になってきた。
そして、「帰る」宣言から数日経って、やっとサハラ砂漠へ行くぞ!
ということになり、明日砂漠の街へ向かいます。
やはり、体調が一番です。

二人の凹む日本人を見て、インドでの自分を思い出した。
そして、客観的に見ると面白くなってきた。
「日本人弱いなあ(笑)。」

日本人は…、
高山病にかかりやすく、
乗り物酔いしやすく、
寒さに弱く、
食べ物に当たりやすい。

海外に来て、思うこと。
「欧米人強いなあ。」
「インド人強すぎるなあ。」

もちろん、日本人だってすごいところもいっぱいある。
「お風呂が沸きました。」と風呂沸かしの機械が教えてくれる。
「冷蔵庫が開いています。」と冷蔵庫が教えてくれる。
圧縮袋を使って荷物をめっちゃ小さくできる。
そんな繊細な感覚は、日本人のすばらしい素質だ。
日本人は工夫することが上手だし、賢いと思う。

だけど、繊細すぎて他国の文化や風習を受け止められないということも多いように感じる。
だから私は、日本人はもう少し力強く、そして柔軟性を持って生きて欲しいと思う。
というわけで…。
イヤなこともあるし、良くない文化もあるけれど、
私は許容範囲は広げていこうと日々考えている今日この頃です。
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by noetabi | 2008-10-07 21:43 | モロッコ